がん・難病の超自然治癒ツボ 創始者と主宰講師 ケイラク教室です。
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 15歳ころまでの小生は、5人兄妹の中で一番弱く、母の手をよく煩わせていたと想います。5歳のころには、肺炎にかかり、戦時中のことで未だ特効薬もなく、生死の境を彷徨った。

 との事でもあり、肺活量は長じても不足ぎみでした。7〜8歳のころには皮膚病(疥癬)に苦しめられています。そして最大の弱点は、虚弱な眼でした。

 すぐ結膜炎やトラコーマのような流行り目に罹り、眼のお医者に、よく連れて行かれ、母は「なんでこの子だけが」と嘆いていました。19歳の時には、両目眼帯で通院などもあり、乾き目(ドライアイ)などで、32歳まで眼科には切れ目なくお世話になっていました。

 胃腸も弱く、中学生の頃には前から3番目位で、やせていました。それが今では、メタボの標本のようになり、背も172cmで、兄たちより大きくなったようです。

 商業高校2年の野球部の強化合宿中には、補欠の小生だけが倒れ、同伴してくれたマネジャーに向かって、校医さんが「黄疸も出ているし、肝炎と診る、運動は禁止で安静にせよ」と指示されました。が翌日から球拾いぐらいなら出来るので、そうさせてもらいました。

 それが原因らしく19歳、勤務先(東京日本橋・織物卸商社)で体調不良が続き、上司に連れられて診てもらった、白髪頭の医学博士に「これは慢性肝炎で、もう治りません、なぜなら私自身がそうなのです同じ病気です」と。これは小生にとって、最大級の衝撃事でした。

 父親代わりの兄の意向で、22歳のとき仕入れ係りとして、請われて衣料品小売業(茨城県)に転じ、チエーン化時代の先棒を担いでいた32歳の折り、新任地のいわき市で、吐き気などで食べられない状態にて、消化器外科医院で診ていただきました。

 透視画像を見ながら、医師「これはひどい、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃下垂は歴然としている」と。直ぐ入院、手術を、と言われたが、ちょうど仕入れ責任と店長職を兼ねている店舗が、

 売り場面積を2倍(6百坪)にする工事の真っ最中でもあり、1ヶ月程、後にならないと入院は出来ないと言うしかありませんでした。 医師は、「誰の身体か、責任が持てない」したがって「薬などは出せない」と。市販薬で凌ぐしかありませんでした。

 その時、布団会社の営業マンが、新規品で「よく眠れる、寝ながら癒せる機器」と、勧めてくれたのが家庭用電位治療器3000Vでした。嘘のように薄皮を剥ぐようにして、

 6ヶ月後には文字通り生まれ変わったように、前段、冗長に過ぎる記述をさせて頂いた、症状疾患の全てが勝手に治ってしまっていたのです。

 自覚症状だけではありません、県内最大級の公立病院での検査結果です。

 それから3年後に、脱サラ転身、米国製の能力開発教材の伝導者(セールス)をした1年間で、その教材の理念に触れて、初めて「人生健康が第一」ということを、納得するようになったのです。

 その後、その治療機器メーカーの最高顧問と称される先師、最上義一先生に遭遇、私淑、そして師事するに至るには、重なる偶然というような縁がありました。

 さらに私ならではの十分な訳がありました。それは世上、秀才の誉れ高い先師が独学で修めた中国古典医学。2千年来の理論として、述べられた次のような学説に、驚き感嘆したのです。最初が陰陽五行・相生・相克説(いんようごぎょう そうしょうそうこくせつ)です。

 いわく「肺(金)は、→肝(木)を制克」、「肝(木)は→脾=膵・胃(土)を制克」、「脾=膵(土)は→腎(水)を制克」、「腎(水)は→心の臓(火)を制克」す、と。

 「肺は皮毛を支配」、「肝は目を支配」す、とされているのでした。だから「肺患えば皮毛を傷める」→「肝患えば目に病出ずる」、→胃は肝に制克されていて盛強には成り得なかったのです。

 中国古典医学は、個々の臓腑の病を治すのではなく、全体、全身を一つの宇宙になぞらえて、陰陽・六臓六腑を標的として流れる経絡(自律神経)の気の乱れを整える事を治療として、気の流れが調和すると(自律神経を正すと)、結果として病は勝手に消退、恢復するとしているのでした。

 こんなことは、37歳になるまで、どのお医者も、母も、教えてはくれませんでした。だから小生が中国古典医学を信奉し、愚鈍な頭に鞭打って学ぶことになったのは当然だったのです。

 結果として、小生が兄のガン死に際して、窮余の一策として、偶発的に採った二種一組の超特効の奇跡を現したペア・ツボ。これは先師が「息切れの処方」として、日ごろ指導されていたものです。

 先師がご自分の肺がんと闘った六か月、ご自身で、さまざまな法則理論に従い、応用した処方を全て験されたはずです。しかし遺された闘病ノートにも、これは記されていません。

 話の中にも出てきたことがありません。息切れの処方なんぞが末期の肺がんに、効くはずなど無いと考えられたのだと思います。

 小生の兄が末期胃がんと闘った手術後の六ヶ月、先師の時と同様に、小生は精いっぱいの想いを込めて、有効な処方・ツボは無いものかと、文献やネット上などを、必死になって検索したつもりです。同時に毎日、思いつく限りの処方を、兄宅で験した4ヶ月間の日々でした。

 そしてツボ刺激が全く無力化して、万事休す、万策尽きた思いの中、退去を促す院内放送を合図に辞去しようとした時に、何かを訴えるような患者の眼差しに、せめて気休めにでもなれば、一瞬ひらめいたこの簡素な処方、ただし息切れに効くのだから、害はないはずと、気に障るなら即、取り止めて、と言い残して退去したのでした。

 翌日病室で顔を見るなり「征四郎、昨夜は久しぶりに良く眠れたよ」と明るい顔には、最早、酸素マスクも装着されていなかったので、これには驚きました。

 さすがに大学病院、いざとなれば凄い薬の点滴があるのだなと思ったのでした。ツボ刺激の効き目かなとは、露ほども考え及ばなかったのです。

 余命1週間程度と言われた翌日のこの出来事から、奇跡の延命どころか歩きたいと言いだすほどの奇跡のいやます日々の50日目、ツボを変更した2日後、兄は突然急変の死去でした。

 主治医は「あなたのお兄さん程、我慢強い人は今まで見たことがありません」、痛い痛いとは最後まで言わなかったのです。兄の葬儀も済んで、もしやこのペア・ツボ処方が効いていたのでは、それならばこのツボの取り換え変更が容態の急変を招いたのではないのかと気づいたのです。

 直後の医家のための日曜教室に、ご参加中の内科開業医(医学博士)に、往診先の高齢の重態患者に、お試し頂いたところ翌週には、「これはすごい、医学の革命だ、心臓の治療で、小水が出るようになり、肝機能が改善し、黄疸も消えた、常識の逆だ」とお報せをいただきました。

 恐れていた通りの衝撃でした。後の祭り、申し訳なく、慙愧の至りです。悔恨の中から小生が立ち直り、平気で普通に生きるためには、あえて、この失敗を、成功の基として、この革命的ペア・ツボ処方を、必要とされる方々に供し、少しでもお役に立つことが出来るならば、役立たずの弟子、弟として、小生が享けた数々の恩恵や期待に応え、贖罪ともなる。これが一つの方途と気付きました。

 それから終末期緩和の超特効処方として12年を経て、初期ガンはもちろん、再発転移がんにも著効があり、特に再発防止には最適と確信するに至りました。

 安全、簡単、速効の免疫活性法。世界初とも言うべき、奇跡の様な超特効ペアのツボ。一刻も早く、お一人でも多くの方々にご採用、お験し頂きたくて、インターネット上のホーム頁で、余すところなく公表、公開させて頂いております。
 
 もちんこの超特効ペア・ツボが唯一無二の物などとは思いません。続々と発見されることになれば甚だ幸いです。ぜひその際は、小生にもお報せ頂きたいと願っています。

 もちろん小生自身は、この4年間は、毎晩終夜、特効ツボ超電療法を欠かすことなく続けています。その他のツボ経絡超電療は、27年間余、毎晩欠かさず体験しています。

 ついでながら電位治療器の就寝時通電も44年間欠かしたことはございません。「実行なくして確信せず」が、小生のいささか身上とするところです。

 在宅電気療法がなければ、小生の生命は今日、既に無いはずのものではないでしょうか。だから敢えて申し上げます。先ずは、あなた様にもお試し頂きたいのです。

 そしてご家族、世界中のご友人にお伝え頂きたいのです。この文が厚かましく、押し付けがましく成ったとしたら、浅学非才の者の罪として、お許しください、おわび申し上げます。

  特撰ツボ伝達は私の生業です    
     澤 征四郎
    2014年8月